このネタは、何回もこのブログに書こうとして
消しました。
安易に語りたくないので
今日も、ちゃんと書けるかわかりませんが。
テーマは「民主党政権」です。
8月末日にあれこれ言うのは
大人げないと思いましたが
もう結構我慢なりません。
友愛政治ってなんなのでしょうか
自分からすれば友愛→「言う愛」政治
では、人は救えないと思うんですがね。
内需拡大のために
子供手当や、モラトリアムやわけのわからん政策が
取りざたされていますが。
実際に彼らの中で
食べていくのがやっと、という家庭を経験している
人が何人いるのでしょうね?
自分はその昔、
母親と姉の3人で
晩御飯がコロッケ1個しかなかったような
時代がありました。
浪速節を語るつもりはありませんが
この年になっても、鮮明に覚えています。
彼らは、「国民の為」にと言いますが
口で言うのはまさに易しく。
本当に相手の事を理解するには、相手と同じ立場に
なるしかないと思うんです。
でも土台それは無理なので、どうするか?
例えば、月に2万5千円の子供手当が有れば
子供をなんとか育てていくことができますと
切実に訴える母子家庭があったとします。
この場合、友愛政治は、月に2万5千をあたることで
完結するかと言えば、これは恐らく逆効果になります。
本来、このお母さんにしてあげるべき対処は
●月に5万円以上給付する
●何もしてあげない
のどちらでしかないと思います。
本当に救うべき人は、彼らが望む倍の優しさでしか
その傷は癒せないと自分は思います。
彼らは、「掴んでない」人なので、本当の金銭感覚が分からず
政治家は「掴んでいる」人達なので、永久に彼らを
理解することはできないでしょう。
その人達に、「愛」を口にすることは
あまりに軽々しく、それがまさに
「言う愛」。「言うだけの愛」だと思うのです。
ちなみに、プライベートな話ですが
自分は彼女ができても
「好きだよ」
と言っても
「愛してる」
とはなかなか言いません。(酔ってる時は除きます。。。)
軽く言いたくないというのと同時に
それを背負える自分で、その言葉を口にしたいと思うからです。
その観点から言えば
世の中には「言う愛」があふれており、
○社員を大事にすると言いながら、結局理不尽に酷使する経営陣
○やたら最近多い「eco」
○愛のある接客をと言いながら、大声出してるだけの居酒屋
などなど
チャンチャラおかしい。
政権がどうなろうと、かまわないのだろうけど
やっぱり、これからもずっとこの言葉は繰り返し
使われていくであろうし
言い続けてるであろうし
願い求めるであろうところで。
いろいろ形はあれども
しっかりと、「与えて」いくもので
あってほしい。
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